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- しばらくぶりの深夜往診。
しばらくぶりの深夜往診。 山中、一人暮らしのばあちゃん。 朝から畑。 夕方、めまい。 食思無し。排尿午後から一回。 エアコン無し。 車無し。 タクシー無し。 配食無し。 コンビニ無し。 あるのは錆びた扇風機と固定電話。 居るのは私だけ。 世間は一重に "水分、沢山摂って下さい!" と言うけれど、 じいちゃんばあちゃんが グイグイ飲んでるの 見たことありますか? そんなに飲めないんだな、実は。 で、この時間からの点滴は、 "命の水"。 と言うか、、、 この時間から訪問診療、 点滴してる医者いるのかな。。 私にとっては、普通。 ここでは、必須。 こんなところに生まれ、 こんな医療に携わり、 思ってもない災害に合い、 それでも、生きてゆく。 患者さんも私も。 さあ、これから、2時間。 頑張りまっせ。 #山里の訪問診療
- 気温38℃! 脱水症!
で、 気温38℃! 脱水症! 脱水症!! 脱水症!!!! 500ccの点滴が日本を救う。 畑仕事は早朝に。 お昼はエアコンの部屋か通気よく。 夕方散歩は「マムシ」に気をつけて。 で、大事!! 水飲みゃいいってもんじゃないんですよ。 赤身の肉を少々、野菜は根と葉と茎を。 麺、パン、白米は少なめに。 で、 寝る。兎に角寝る。快適に。 これで、当院の患者さん、救急車出動要請なし! #山里の訪問診療
- 院長の独り言 2019.07.05
今日で、 九州北豪雨災害から2年が経過しました。 あの日からの1カ月は、医師の力量と技量と使命感を試された日々でした。 今年は、天気は晴れ。 しかしながら、人気はなく、未だJRは止まったまま。 たった今診た患者さんは、日田市街に引っ越したものの、ずっと代行バスで月一回、私の診療所に通って頂いている方です。 ありがたい。 本当にありがたい。 弱小診療所ですが、 強大なガッツでこれからも従業員一同頑張ります。 #院長の独り言
- ナース考案の!!
ナース考案の "できるだけ院長の体力を温存する アダプター" っとわけで、導入しました。 "拡声器" 確かに普通に喋れば良くなったけど、、 コミュニケーションが取れやすくなったと言うよりは、 "そんなの使わんでも分かるバイ!" とのこと。 やはり、私が叫ぶ口の動きが全てかな。。 さあ、午後から訪問診療。 北部九州は未だ梅雨入りせず。 気温33℃! #院長の独り言
- KBC九州朝日放送「アサデス」にて
梅雨、未だ至らず、 奇しくも関東は、土砂降り。 関東の皆様、水害にはくれぐれも細心のご注意を。 私達が経験した "北部九州豪雨被災"からもうすぐ2年が経過します。 そこで、明後日、6月14日金曜日、 KBC九州朝日放送の「アサデス」 にて、被災から2年、ここでの医療がどう変わったか、、特集で放映頂くことになりました。 時間は、午前7時10分〜。 ホークスコーナー、天気予報のすぐあとになるようです。 公にするか考えましたが、 やはり、皆様には、被災した場所が、人がどんな2年だったか知って頂きたく、 ここに書くことにしました。 朝早い時間で、 私自身は、通勤中で見れませんが(笑)、 お時間取れましたら、是非ご覧頂ければと思います。 ちょっと日焼けした私ですが、 リゾート焼けでなく(本当はそうありたいのですが)、訪問診療焼けですので、勘違いなさらないように。笑笑 #山里の訪問診療
- 山里の訪問診療2019初夏②:
(これに掲載する写真は、本人、御家族から許可を頂いています。) また一人、おばあちゃんがこの地区を出て行きます。 今日最後の訪問診療。 これまで11年訪問。 亡くなられたご主人からの訪問を加えると、14年間訪問診療を続けたことになります。 96歳独居。 介護施設には週2回通所。 炊事洗濯掃除はなんとか自分で熟す。 週末には、山越えをして長男氏が、 備蓄の食材を持ち、畑の手入れに来ていました。 が、その長男氏も75歳となり、膝を痛め運転が厳しくなり、加えて水害による道路事情も災い。。 水害から2年半。 親族が苦渋の決断をし、近々おばあちゃんは長男氏宅の近くの施設に入居する運びとなりました。 2年半、"私はここを離れません。 先生に看取って頂ければそれが一番の人生です" とずっと言って頂いていました。 しかし、実際には、自活するは困難を極め、 "子の想いを受け入れるのも親の役目" と最後には、きっぱりと思いを断ち切り100年繋ぎ住んだこの家屋の扉を閉じることにしました。 最後の訪問。 いくつかの専門治療は必要なままですが、ここに涙はなく、最後の最後までばあちゃんが育てた野菜を頂き、見えなくなるまで、手を振って頂きました。 人の命は一つ。 どう生きるか、 どう生きたいのか、 それを水先案内するのが私の仕事。 だんだん人口減少するこの事象の中、 私も、 どう生きるか、 どう生きたいのか、 改めて自問自答する帰り路です。 ばあちゃん、 戦後の日本の片隅で あなたは生き、苦しくも 笑顔を絶やさずに生き抜きました。 いつまでも、その強さ、寛容さ、そして笑顔を。 お元気で。る #山里の訪問診療
- 山里の訪問診療2019早夏①:
昔、外傷(切り傷などの軽傷)には、 どの家庭にも、マーキュロクロム液、所謂「赤チンキ」がありました。子供ながらに、怪我の第一選択は、これだ!と思ったものです。 が、副作用やなんやかんやで、すったもんだあり、現在は生産禁止になりました。 ところが! 今日、訪問したあるじいちゃん。 聞くところによると、 4日前、草むしり中に右腕を擦り剥いたとのこと。 で、テープを貼っている患部を見ると、何やら赤い液を塗った痕跡が、。。 "じいちゃん、何塗ったん?" "ん? 赤チン赤チン。 やっぱり赤チンは効くね〜先生!" "赤チン!!何年前のね! 古い薬は危ないよ!" "いやいや、 買ったのは、何カ月か前。 効いた効いた! ほ〜ら、もう治っとる。 やっぱりこれに限るバイ!" 。。。。 よく見ると、それは、赤チンではなく、これだった。 "病は気から"と言うが、、 これで治ったなら、 仕方ない。 因みに、本物の赤チンの写真も添付します。 #山里の訪問診療
- 山里の訪問診療2019春②
恒例の誕生日診療。 午前の外来あと、 一人訪問診療に出ています。 主に所謂「一人暮らし」の方宅へ。 安否確認の意味もあって。 例年、病気に罹患する方々が少ない季節ながらGWの訪問は、なぜか、皆さん喜んでくれます。 ユニバーサルスタジオの風景とは、全く異なりながら、同じ今の日本、 平和に感じます。 ただ、復興を早く早く。 #山里の訪問診療
- 山里の訪問診療2019春①
なんと今日は、 看護師さんが二人共、 急な親戚の御不幸で有休。 本当に 久しぶりに 一人外来。 一人訪問診療。 そう言えば、 3年前、水害があった頃、 私の診療所は、看護師1名だったな。。 一人外来、一人訪問診療は当たり前だったから、急患も焦らず騒がず熟せます。 午後、一人訪問診療、40km。 訪問先の患者さんは皆、 同じセリフ。 「まあまあ、そりゃ先生も大変。 悪いね〜、わざわざうちに来てくれて。ありがとう。ありがとう。」 今日はここに、 暖かい春と 菜の花の間から チラッと現れるいつものお医者が、 野道を駆け巡ります。 #山里の訪問診療
- 院長の独り言2019.04.8
これは、 本人の許可を貰って書くことにした 『親友について」 です。 是非、読んでください。 ーーーーーーーーーーーーー この写真は、 その親友と一人娘の晴れやかな入学式の写真です。 しかしながら、 この日のこの写真には、涙無くして語れない「親友」の9年の感動の月日が詰まっています。 彼は、同じ日田市内で、200年の歴史を持つ老舗の醤油会社4代目を次男として営む45才。 実は、彼の父も私の父の小学校/中学校の親友で、2代続く付き合いとなりました。 決して、ネガティブな発言や行動が無く、むしろ、 「なんであんなに面白いのか、明るいのか、ふざけてるのか」 と思っている人がほとんど。(その点で、私と合うのでしょうが) また、「それでいいのだ」と思うのも私と一緒。 しかしながら、彼は決定的に私より人として秀でている理由があります。 彼は、9 年前に長男を不慮の事故で亡くしました。 それは、真に彼の人生を大きく変えました。同様に弟を亡くした娘さんも同じです。 思いもしない人生の歪。 以来、彼は、一人で娘さんを育てることとなります。 二人の人生は二人三脚。 豆田と言う美しい町で、心汚れることなく、楽しく、面白く、 伸び伸びとした子育て。父への愛情。 しかし、現実的には、家事に会社。 男性には一番ハンディのある「衣食住そして学」 でも彼は、私には到底できないこの4点を10年余、やってのけました。 その裏には、 「どこに出しても恥ずかしくない娘に育てたい」と言う、それはそれは強いタフマインドがあったからだと思います。 幼少から学童を経ていく過程で、勉学に優れる娘を、将来、自分の進みたい道から脱線させず、彼女を導いてあげたい。 そんな思いを知ってか知らずか娘さんは、初めての受験で県外の進学校に行くと決め、中学に上がったのち、ほぼ毎日、下校後、日田から鈍行のJRに乗り、久留米市の某有名進学塾の通いました。帰宅は毎日夜11時。電車に乗り遅れれば、彼は久留米まで送り、その間、帰宅し食事の準備に洗濯、掃除。気付けば深夜で今度はお迎え。 それをほぼ2年以上、やってのけました。 今年1月。 娘さんは希望校全合格。 そして、第一志望の進学校の入学を決めました。 が、全寮制。 「海洋/人体/宇宙。。」 まだ解き明かされていない事柄に勤しむ職業につきたい/。。 と言っている彼女は、更に「上」を目指すことでしょうし、 そうなれば、 彼がもう日田で娘と暮らすことができることは、遠い将来でさえ無いのかもしれません。 この写真。 この二人の表情と、 なんとも言えない微妙な距離が、 桜が、 これまでの二人の人生とこれからの人生を物語っているように見え、 何度見ても目頭が熱くなるのです。 最後に、、、 彼が10年、 頭を坊主にしているのはファッションでもなく、 面倒くさいからでもなく、 それは、 亡くなった長男への永遠の黙祷と誓いがあるからです。 そんな「親友」を得た私ももっともっと精進せねばならないと考えます。 おめでとう、泰! 俺たちが手に入れたいのはhappy endではない。 鍛え抜かれたhappy mindだ! これからももっとよろしく!!!!!! 拝読ありがとうございました。 #院長の独り言
- 院長の独り言2019.04.08
私は、 "いい奴"が好き。 "いい奴"は時として、秘めた実力がありながら、チャンスが掴めず、それでも諦めない限りはいつかまた来るチャンスを待つしかない。 ましてや、 その数少ないチャンスに、たった一回のチャンスに実力を発揮できないなら、生き残ることはできない。 何度もくじけそうになった。 励ました。 旨いものを食べに連れてった、 洗脳した。笑 知り合って4年。 そうやってきた4年。 福岡ソフトバンクホークス 釜元豪。 昨日、初スタメン、初ヒット。 そして、今日、 初ホームラン。 今のホークス、 "次に期待しましょう" なんて言葉は無い。 結果のみ。 そんなチームで8年。 とうとうチャンスをモノにした。 今年。奴のユニフォームのお尻のポケットに、そんな私の願いが詰まった"お守り"を入れてくれてる。 嬉しい。 本当に嬉しい。 私は、 そんな日向に出れなかった "いい奴"を実力報われるまで、 応援する、とことん応援する。 追伸: "お尻のポケットにお守り"入れてくれてる "いい奴" がもう一人います。 甲斐拓也。笑笑 #院長の独り言
- 院長の独り言2019.03.22
春が来ます。 水害からもうすぐ3年。 先日、報道番組で、 "復興事業"は10年で終わり。。 と知り、3年経ってもあまり進まないのは、過疎地だからなのか、切り捨てなのか、政治力が無いのか、、と深い溜息をつきながら、せめて、自分で出来ることからと、、 春、 毎年見事に咲いていたハナミズキ。水害で土壌が痛み、3年待ちましたが力尽きて、朽ちてしまった診療所と自宅の"華"を植え替えました。 亡くなった父が、一番好きだった 春の花、「ハナミズキ」。 しかしながら、この花がデリケートで、咲く時間も短く、再び来るかも知れない豪雨に耐え得るのか、、 悩んだ末、 診療所の前の花壇には、 冬も落葉しないハナミズキに似た白い花が咲く「山法師」を植え、 自宅前には、やはり、父が愛したハナミズキを植えることにしました。 橋を渡ってやって来る患者さんを白い花が、駐車場に車を止めて見上げる患者に桃色のハナミズキが、春がやってきたことを伝え、沿う躑躅の緑が復活することを早春の風に願ってみた夕暮れです。 #院長の独り言










